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繁栄は犠牲を伴う

パンデミックに直面して世の不条理を感じたのは僕だけではないはずです。

コロナウイルスの流行により世の中のオンライン化は加速し、結果的には時間をより効率的に使えるような環境を作ることが可能になりました。

オンライン化という一種の社会的な繁栄はしかしながら、多くの犠牲を伴いました。コロナによって留学の計画が台無しになった人、先の見えない状況の中で出発を待ち続ける人、普通は発生しない余計な費用を払って思い切って渡航を決断した人。留学関連だけでも、これだけの犠牲が生まれました。

繁栄には犠牲が伴うことを改めて実感します。



バンクーバーには、「スタンレーパーク」という公園があります。
バンクーバーに留学したことのある人なら一度は聞いたことがあるであろう、周りを海に囲まれた巨大な公園です。

景色を眺めながらのサイクリング、ランニングを楽しめるのはもちろんのこと、敷地内には動物園があったり、夏には野外の映画鑑賞イベントが開かれたりなど、エンターテインメントの要素も豊富にあり、非常に人気のある公園です。
僕も留学中に何度か訪れました。

しかし、スタンレーパークがここまで人気になった背景には、悲しい悲しいあるひとつの事実が隠れています。

元々このあたりには、複数の先住民族が暮らしていました。それも3,000年以上も前からです。



もうおわかりですね。

そう、彼らは住む場所を失うことになります。

政府の人間が石炭の採掘を目当てにやってきたのがきっかけで、最終的にはこの場所一体が政府の管轄に入りました。

先住民の住まいのあった土地が次々と開拓されていき、公園になり、開発されていきました。スタンレーパークをぐるっと一周する「Park Drive」という道路もできました。



当時の状況を記したエピソードが The Vancouver Sun で「先住民族がバラバラになった過去」と題し、実際に記事になっています。

スタンレーパーク内に「Millenia」と呼ばれる先住民族がかつて生活をしていたエリアがある。1880年代当時、「Park Drive」の建設を計画していた道路の調査員や建設業者が一軒一軒先住民族の家をノックしてまわった。道路の建設の邪魔になっていた先住民族の家を壊すために追い出したかったのだ。

当時まだ子供だったAugust Jack Khatsahlanoさんは1934年のインタビューでこう回想する。

「調査員がやってきたとき我々は家の中にいたんだが、ご飯を食べていたら彼らが家の端を壊し始めたのだよ。みんな飛び上がって何が起きているのかと外に飛び出した。姉のルイーズは家族で唯一英語が少しだけ話せたので、彼女が白人に何をしているのか尋ねた。すると彼らは『道路を調査しているんだ』と言った。そして姉はこう尋ねた。『誰の道路を?』とね。」

(出典:Before Stanley Park, The Vancouver Sun, 2017年3月17日, https://www.pressreader.com/canada/vancouver-sun/20070317/281844344180216)

バンクーバー市内で随一の規模を誇るスタンレーパークには、先住民がその昔、家紋や伝説、物語の主人公などを刻んだ彫刻「トーテム・ポール」があり、観光客や留学生などが多く訪れるスポットとなっています。



しかしその背景には、強制的に退去を強いられた先住民族の悲しい過去があるのです。歴史を知ったうえで公園を訪れると、また違った見え方ができるのかもしれません。

Naoki